居酒屋はいつからあるの?高級品だったお酒が庶民の楽しみになるまで

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今の居酒屋さんのようなスタイルの飲み屋さんが、日本で本格的に広まったのは江戸時代後期と言われているけど、人々がお酒を飲んでいたという記録そのものは、かなり昔の書物から記されているんだって。

昔のお酒にはどんな価値があったんだろう?
やっぱり、お酒で失敗した人とかいたのかな?

今回は、そんな日本のお酒事情について、古い歴史をさかのぼって紹介していくよ~。

古くには古事記にもお酒で失敗した王様の話が登場

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お酒の記述が登場する日本で一番古い書物は、奈良時代にだされた「古事記」。

日本の神話で須佐之男命(すさのおのみこと)が、ヤマタノオロチを退治したというエピソードが有名だけど、退治するために「八塩折之酒(やしおりのさけ)」というお酒を作ったと書かれているんだとか。

また、761年に葦原王が「酒肆(しゅし)」で飲んでいて酔ったあげく、急に怒りだして暴れた事件があったという記録も、古事記に残っているよ。

「酒肆(しゅし)」というのはお酒を出すお店のことをさすようで、このころから何らかの形でお酒を出すお店があったのか?と想像できるよね。

葦原王はこの事件の後、王名をはく奪されたらしく、酒癖の悪さで人生失敗しちゃった人はこんな昔からいたんだね~。

奈良時代にはお酒はまだ庶民が飲めるものではなかった

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古事記が書かれた奈良時代には、先のエピソードのように位の高い人はお酒を飲んでいたけど、とても一般市民が飲めるものではなかったんだって。

当時は、お酒の醸造を司る専門のお役所「造酒司(みきのつかさ)」というものが宮内庁につくられていて、神事に使われるお酒や、貴族が飲むためのお酒が造られていたそうな。

でも、この当時のお酒ってどんなお酒だったんだろう?
今の日本酒はお米から作られているけど、実は奈良時代にも今の日本酒と同じようにお米を原料に作っていたことが「大隈国風土記」や「播磨風土記」にも記録が残っているんだって!

日本酒の歴史はとても古いんだね~。

平安時代には僧侶の間でお酒が造られるように

平安時代には僧侶の間でお酒が造られるように画像はイメージ

平安時代の初期までは朝廷の酒造り専門のお役所がお酒を造っていたけど、その後時代が混乱期に入ったこともあって、朝廷からだんだん民間にもお酒造りの技術が広まっていったよ。

そして、平安時代にお酒造りの中心になったのが、お寺。
お寺で僧侶が造った「僧坊酒(そうぼうしゅ)」が大きく広まり、お寺はお酒で大きな財源を得たことで、勢力が拡大したんだそうな。

当時有名だったのが、大阪の河内長野市、天野金剛寺で造られた「天野酒」。

この天野酒、実は豊臣秀吉も好きだったと言われている有名なお酒。

しかもこの天野酒は今でもその醸造技術を引き継ぎ、河内長野市の会社で造られているんだって!

どんな味なのか飲んでみたいね~。

鎌倉にようやく庶民の間にもお酒が流通!

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平安時代から鎌倉時代に入ると、商業がどんどん発展し、お寺で造られていたお酒造りはどんどん一般の人々にも広まり「造り酒屋」が増えていったよ。

商業が盛んになるとともに「貨幣」が広まり、人々がお酒を造って販売し、お客さんが貨幣でお酒を買っていくという貨幣経済がどんどん発展したのもこの頃。

このように一般の人々にもお酒が買えるようになってきたことには弊害もあり、お酒を飲みすぎて働かない武士や酔っぱらって事件を起こす人が増え、当時の鎌倉幕府はとうとう「沽酒の禁(こしゅのきん)」という禁酒令を出してしまったよ。

お酒文化が発達することで経済も発展したけど、お酒でみんな働かなくなってしまうのは大問題だよね~。

室町時代にはお酒造りが再び発展!

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その後、足利尊氏によって誕生した「室町幕府」では、今まで禁止していたお酒造りを一転して奨励する方針に変更!

逆に酒屋さんに大きな特権を与えることで、どんどん造り酒屋が発展していったんだそうな。

ただし、酒屋さんには「酒屋役」という税金が課せられて、幕府の大きな財源になったんだって。

当時のお酒造りについては、今の日本酒造りの基本となる作り方がすでに用いられていたそうで、室町時代にすでにかなり高度な酒造りの技術を持っていたんだね~。

酒造りの発展によって、酒は大量生産されるようになり、町の人々はかなりのお酒を消費するようになったんだって。

また、このころ京都には「下請酒屋」という立ち飲み屋さんの原型のようなお店がすでに誕生していたそうだよ。

安土桃山時代には焼酎も登場!

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室町幕府は、織田信長が足利義明を京都から追放したことで滅亡し、戦国時代へと突入!

戦国時代の混乱期の中、京都が中心だった酒造りが地方にも広まり、全国に「地酒」が誕生するきっかけになったよ。

また、平安時代から長く人気のあった「僧坊酒」は織田信長の寺院弱体化によって、この時期に滅亡したんだって。

織田信長と言えば、スペインやポルトガルなどとの南蛮貿易でも有名だけど、ワインなどの洋酒もこの頃日本に入ってきたらしいよ。

ほかにも、この時期には九州で「焼酎」の原型が造られていたという記録もあり、色んなお酒が造られるようになったんだね。

また、戦国時代にもお酒を提供するお店があり、今の居酒屋さんのような本格的なお店ではないものの、簡単にお酒を提供するお店が道沿いにあったそうだよ。

江戸時代になってようやく「居酒屋」の原型が誕生!

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江戸時代になると、今の清酒に近い透明なお酒が造られるようになったんだけど、初期のころはとても貴重なものだったので、高い地位の人しか飲めなかったそうだよ。

それを大量に作る製法が伊丹(兵庫県)で開発され、当時は「伊丹酒」と呼ばれ、大坂から江戸まで大量に輸送されるようになり、ようやく庶民にも飲めるようなお酒になったんだって。

このように庶民にも広く飲まれるようになった清酒だけど、居酒屋のようなお店がどのような形で誕生して今に至るのか、確認してみよう!

酒屋の店頭で立ち飲みでお酒を飲み始めた

江戸時代初期には、お酒は酒屋さんで量り売りで販売されていたんだけど、だんだん酒屋さんの店頭で買ったお酒を飲み始める人が増え、そのまま酒屋に居座ってお酒を飲むようになったんだって。

これが「居酒屋」の語源になっているとか。

酒屋さんも、店頭で飲む人のためにお酒の1杯売りなどを始め、田楽などのおつまみを出すお店も現れて、立ち飲みからちょっと腰かけてお酒を飲むスタイルへと発展していったんだって。

江戸時代後期には1000を超える居酒屋があった?

江戸時代の後期になると、今の居酒屋さんに近いスタイルの飲み屋さんが誕生し、お酒とちょっとした料理を出していたそうだよ。

江戸の市中だけでも、実に1,000以上もの居酒屋さんがあったそうな。

朝から昼、夜と時間に関係なく飲んでいたそうで、江戸時代の人たちはとにかくお酒が大好きだったことが分かるね!

歴史を感じるお酒を飲みに行く

まとめ

  • 奈良時代にはお酒は庶民が飲めるものではなかった
  • 鎌倉、室町時代になってお酒が庶民の手に届くように
  • 江戸時代になってようやく「居酒屋」が誕生した
 

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